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CAP関連のサイトに来る人はある程度CAPを知っているし、知ろうとしてる人でなければ来ません
インタ−ネットは、同じ夢を持ち同じ言葉を話せる人(=オタクとも言う)の世界ともいえます。

しかし、自分の地域の市井の人にCAPについて説明し、理解してもらうのは大変です。
「CAPは、『百聞は一見にしかず』です」 (Tさん)
「一見してもらうには、まず会場に足を運ぶ気になってもらわなくてはなりません」 (Rさん)

というわけで公民館などに置くチラシ(ポスター)について少し考えてみました
<チラシ−1>

PTA主催の学校で催されるCAPについて、クラスの保護者に配る「お知らせ」はある程度内容が「読んでもらえる」ことが期待できます。

しかし、一般の参加者を募る公民館主催のCAPワークショップについてのチラシは、まったくCAPについて知らない人,予備知識が無い人「 CAPってなに?」という人が一目「見て」、ある程度ワークショップの内容について見当をつけることが目的です。

チラシの表(おもて)を見てワークショップの内容に興味を持ち、チラシを手に取った人に、チラシの裏のCAPについての少し(「少し」です)詳しい説明を読んでもらいます。
(私達は、チラシの表(おもて)をB4に拡大コピーしたものをポスターとして貼ってます)

<チラシ−1>は97年に清瀬市のワークショップのチラシ兼ポスターで、
(日時) 月 日 曜 時より
(会場)××小学校 体育館
(参加費)子ども  円 大人 円
(主催)
(問い合わせ先)
 上の図の右下には
←これら必要事項が記載されている
 図の右側の「満員御礼」の字は、ポスター掲載後に、申しこみが一杯になったためサインペンで直接記入されていたもの
(清瀬アイレックスに貼ってあったチラシを コピーしてきたのでそれがたまたま写っている)


「イヤと言える力をつけよう!子どもをあらゆる暴力から守るために」というキャプションは清瀬のグループがつくったもので、イラストは、「グループCAP」のパンフレットに掲載されているイラストを拡大コピーして転載したもの。

シンプルでわかりやすいので、私達のところでも、同じにしようということになったが、左側の「男の人が、にこにこして近づいてくる(悪人顔ではない)のに対して女の子が蹴りをいれる」というのがひっかかるという意見がでたため,少し変えてみる。下<チラシ−2>
「困っていそうな子どもに声をかけたとき、『おじさん、あたしを誘拐するの?』と言われて絶句した」という投書を見かけたことが、そういうのも問題だと思うのである。
注/「グループCAP」のパンフレットでは、CAPの解説文が主で、その説明文を補強するイラストとして使われている。しかし、ここでは、チラシの絵として使われた場合を、つまりCAPについてなにも知らない人にどう見えるかを考える。)
<チラシ−2>

<チラシ−1>の「にこにこした男の人」の目をホワイトで消しただけで「悪い人」になる。

余談であるが、幼児向けの絵本〜たとえば「3匹の仔豚」で「悪い狼が最後、熱湯に落っこちて死ぬのは残酷すぎやしないか」という意見があるが、専門家によると、幼児の心理としては「悪い」狼は「悪い」奴のままで死んでくれた方が安心できるのだそうだ。
豚さんの優しさにうたれて、悪い心が良い心に「改心した」というのは理解しがたく、いつまた悪い奴になるか知れず不安になるという話を聞いた事がある。

CAPでは、女性スタッフが男の子やおじさんを演じるが、性別の違う役を演じる事で、それが「劇」であることを子どもに理解しやすいから。(男の人が悪いおじさん役を目の前でリアルに演じられたらなによりコワイし、「男の人=用心しなければならない怖い存在」という先入観ができてしまったら困るという意味もあるのではないか)

(「小さな子どもが、俳優である父親がTVで悪役を演じているのを見て、泣き出してしまった」と聞いたことがあるが、子どもはリアルとヴァーチャル、仮想と現実の区別をほいほいとつけられない。)

広告の専門家の見方は知らないが、チラシやポスターも同様に”見た目がすべて”だと私は思うので、「悪い人」(自分に害をなそうとする人)は、「悪い人」として描かれているほうがよいのではと思う。

しかし<チラシー2> には、あるCAPのスタッフの人から意見を頂いた。
「 「イヤだと言ってもいいんだよ」というのが、CAPのメッセージである。
  「悪い人」が悪そうな顔をしてるとは限らないので、もとの絵に戻してほしい」
というわけで、その意見にそってみたのが下の<チラシ−3>
<チラシ−3>

しかし、<チラシ−3>は、チラシ、ポスターとしては大失格。

変だと感じる人は、頭の中で、「イヤだと言ってもいいんだよ」という「やさしい」メッセージが、にこにこした「やさしそうな」男の人の言葉として結びつきそうになるのを、切り離す作業をしなければならないので、見た瞬間、「ん??」となる。

CAPについてよく理解している人なら、このキャプションがCAPからのメッセージとして、理解できる。
が、CAPについて知らない人には「?」となる。

もし「イヤだと言ってもいいんだよ」というメッセージを使うなら、<チラシ−4>のようにマウスで右に絵を描きたした)に、それが第三者(CAP)からのメッセージとしてはっきりわかるように、レイアウトを工夫するほうが、間違わずに受けとめられる。(シンプルさがかなり減る)

<チラシ−4>


私達は小さいときから「〜してはいけない」(命令)か、せいぜい「〜しましょう」(呼びかけ)というメッセージにならされているので、「イヤだと言っていいんだよ」というメッセージはとても重要である。
しかし、チラシやポスターのなかに置かれる言葉としては見た場合、すんなり理解される
言葉だとは限らない。

私もCAPを知らなかったら、「 「『いや!』と言いましょう」 の間違いじゃないか?」と思う。

「いやという力をつけよう!」というキャッチコピーは、妥協点ではないかと思う。
サリークーパーの翻訳本も「NOを言える子どもに」という題名である。

 たかが1枚のチラシ、されど1枚のチラシ・・・です。

実行委員会はCAPの前例が何もないところから手探りで開催したりする(T_T)
CAPのほうで、効果的なチラシ(ポスター)の図や案内文の見本をつくって実行委員委員会のほうに配っていただければ望外の喜びです。

CAPについての小冊子が作られるそうですが、それに付録か巻末資料としてチラシのサンプルがついているといいですね〜よいものは皆で役立て使い回しすべきです (00,7,03)