★育児マップ作り 個人的れぽ〜と

1.マップを作りたいと思った動機
2.その背景
3.発行するまで困ったこと
4.マップの販売
5.宣伝
6.更新について
7.後継者や〜い


文章はめんどくさいので、これらを
まとめたチラシを見る(85kb)



1 マップを作りたいと思った動機

 町田市の「ファミリーサポート/まちだ/育児ガイド」(市民事業をすすめる会発行,500円)を生活クラブ生協の友達から見せてもらったSがやはり市内の生活クラブの活動で知り合ったNに、「東久留米でもこういうのがほしい。ないなら、つくろう」と、もちかけたのがきっかけ。

 Nは、「子供が少し大きくなった後で、『なんだ、こんな場所があると知ってたら、もっと早く来てたのに』と後の祭りになることが多々あったので、自分がほしかったローカル情報をまとめてみるのも面白いかな」と考えた。というのは表の動機。裏の動機は、サラリーマン家庭の専業主婦の育児にこんなにしんどい面があるとは思わなかったので、それを言いたくて(つまり33頁にあるカットを描きたくて)参加したようなものだった。

 また、当初、20頁にも満たない内容だろうと考えていたが、人が集まると情報も集まるもので、最初に発行したマップは32頁になった。
 Nは以前、ゴミ減量の運動に参加もしたことがあったため、新品同様のオモチャや未使用の(!!)紙オムツが捨てられたりしてるのが目につくのも気になっていたので、リサイクル運動の延長という面もあった。


2 その背景
 近所に子供がいない。
自分が小学生だった頃(20余年前)は隣近所に「子供(14才未満)」がいたが、今は少子化と高齢化で自治会の中にあった子供会もなくなった。
 また、今の子供は路上で遊べない。30年前は路地裏文化という言葉もあったように、家の前の道路で遊べたが、道路はどこも車が通る場所になっている。

(閑話)---------------------
ドラエモンには大きな土管の置いてある空き地が登場するが、あれは30年前の風景ですよね。のびたの母たまこさんが、買い物かごをのびたに持たせてお使いに行かせるのも30年前の景色。しかし、いまどきの子どもには買い物かごは”地球にやさしい行動”という主義主張ととらえられているのかな?---------------------


 昔なら路地裏や空き地で、年長の子供から年少の子供に受けつがれた‘はないちもんめ’などが、いまや保育園の中で受け鍵がれていく遊びとなったと言っても過言ではない。(注/あまり真面目に読まないように^_^U )路上で遊べないから近くに子供(のいる人)がいても知り合う機会がない。
 第一、今の世相で、幼児だけを外で遊ばせておく人はいない。

「公園デビュー」という言葉が数年前から育児雑誌やマスコミをにぎわすようになったが、これは「公園まで行かなければ、子供を遊ばせるところがない,同じくらいの幼児と知り合う機会がない」 という意味だと私は思う。

 実際、子供ができて初めて地域デビューという人も多いはず。
それまでは寝に帰るだけの場所が、活動エリアに変るのだから。
しかし地縁も血もない。どこに行ったらいいかわからない。
そして幼児づれには日常的な「行き場」がない。

せいぜい公園とスーパーで、図書館にも行けなくなる。
あとは同じ幼児のいる友達の家か実家ぐらい。(核家族でも、実家という避難揚所が手近にある人は幸せさっ (-_-#)…)
だから「密室育児」という言葉が生まれてくる。

Nの友達で、これでは子供にも自分にも良くないからと、子供を保育園に項けて働き始めた人もいるくらい、保育園のほうが子供にも母親にも良よかったりする。今までは、働く母親の「保育に欠ける状態」の子どもを支援するために行政により保育園が整備されてきたが、密室育児というのも「保育に欠ける状態」ではなかろうか。


3 発行するまで困ったこと

 集まったメンバーは、皆、素人のうえに幼児連れなので月に1、2回の集まりに10人が一度に集まったことはない。毎向、SとN以外は顔ぶれが違い、半分くらい集まれば御の字だった。

 集まる場所の予約取り,幼稚園アンケートを持って行く分担,フリーマーケットの売り子,会計,掲載箇所への確認など、いろいろ分担したが、原稿のはうは遅々として進まない。

 集まる顔ぶれが毎回違うので、毎回ここをこうしたらいい、これを加えたほうがいい、これを削った方がいいの意見が出ては校正し、おまけに1年かけたため、最初のほうの情報が古くなるので、そめ修正もするので、「切り貼り」のキリがない。不満は残るが見切り発車の発行にになったのはやむをえない。

 また、こういう集まりは「お母さんたちがおしゃべりしてる横で子供らがお菓子づけになってる」ということがないように気を配った。
 印刷と組み込みは、印刷室で作業する親と児童館に全員の子供をつれていく親に分かれて行なった。


4 マップの販売

 社協(福祉会館)にマップの委託販売を引きうけていただけた。
有料にしたため、「 ここに行けば買える」という販売窓口の確立は必須だった。


5 宣伝

 育児マップの発行を宣伝するチラシをつくり、市内の公民館や児童館に置いた。
初版のときは宣伝も兼ねて、マップに掲載されている幼稚園、保育園のほか、児童館、小児科のあるお医者さんを手分けしてまわってマップをおいてもらった。

 公民館の健康まつりでチラシを見た人がその足で福祉会館に買いに来たりと出足が好評だったため、朝日新聞多摩版とローカル誌の東興通信にも手紙とマップを郵送したら、取材に来てくれました。(⌒◇⌒)
おかげで小平,調布、保谷,田無,(現在、保谷,田無は合併して西東京市)などの近隣市の人や自治体職員さんも、自分達のところでも作りたいという趣旨で参考に買って行かれました。

新聞の力は大きいが、一番継続的な宣伝の力になってくださってるのは、市の健康課の保健婦さんたちです。

保健婦さんたちも、健康課へ育児サークルがないかなどの問い合わせがあるものの、把握しきれないため、育児マップを高く評価してくれました。
そして、新生児訪問するときに、育児マップも持って行き「こういうのが売ってるよ」と伝えてくれてます。有難うございます!!!


6 更新について

 東久留米のマップは「雑誌」ではなく「便利帖」に近い内容であり、市内在住の0,1,2.3歳の保護者という限られた層が対象なので、また、この層は毎年(毎月?)入れ代わっていくので、基本的に同じ内容のものを、古い情報は削り新しい情報とさしかえた冊子をつくって発行していくのがいいという考え方です。
(基本的に同じでも、掲載箇所の連絡先の変更や幼稚園アンケートなどを再び送る作業が必要)


7 後継者や〜い

子供の成長と共に親の興味も移行する。

中心メンバーのSとNはマップ発行の翌年に、下の子が幼稚園にはいったため、育児マップ編集ボラは卒業。いや、完璧に卒業したのはSだけで、Nは「お手伝い程度」に関わっている。
(「お手伝い」はできても、もはや主体にはなれない。)

最初のマップ作りの後半から関わってくれたKが中心になって、99年の更新版が発行されたが、Kも下の子が入園したため、「次」は無理だという。

「自分達が次のマップもつくらなければっ!」 というこだわりはない。
こだわろうにも子どもが幼稚園に入って公園通いから解放されたら、その手の情報が集まらないし、作る意欲も湧かない。当事者ではなくなるから、これはしょうがない。

マップ作りは「仕事」ではなく「ボランティア」。
購入者も冊子の内容も市内に限定している。つまり市場が狭い。つまり採算の取れる仕事にはならない。印刷所に印刷.製本をたのめば一部200円以上かかる(発行部数が1,000部でわ…)ので、手作業で印刷と組みこみ(製本)をした。

もちろん市内の商店を回って広告などをばんばんとって冊子に載せれば、なんとか印刷所に出す予算くらいは捻出できるかもしれないがそれもまた大変。

「ボランティア」としては参加しなければならない動機が自分になくなったら作りようがないので、次のマップは、社協で編集ボラを募って発行してもらいたいというのが希望だが、社協にはそこまで人手がないと言われたし、たぶん広報などで募っても難しいだろう。
 「一緒に育児マップをつくりませんか?」というチラシをあれだけまいても、結局はクチコミでしか集まらなかったことを考えれば…。できないものはしょうがない。


 もともとは次の発行分を印刷所に頼むためのとして冊子の売り上げをストックする予定だったが、そんなわけで、ご存知のようにCAP企画のほうに売上げを使っている。

(2001,3,5)

育児マップが企画しているCAPのコーナー